まちのこぼれ話〈溝口・久本・坂戸地域〉
子どもの頃は道路が遊び場でした
布川 勝之さん
(ぬのかわ かつゆき さん)
昭和11年生まれ 80歳
川崎市高津区溝口在住
溝口で生まれ育った布川さん。
疎開前後の溝口周辺のお話や活気あふれる大山街道などについて伺いました。
(平成29年8月16日)

道路、多摩川、砂利穴が遊び場
子どもの頃は道路が遊び場でした。車が通らないから、道路で野球や三角ベースをやったりしてね。二ヶ領用水や、多摩川で毎日のように泳いでもいました。
今、トナミ運輸があるあたりに東京に運ぶための多摩川のいい砂利を掘る穴がいっぱいあってね。機械船で掘った後の深い穴があって、本当はそこでは泳いじゃいけないんだけど(笑)、お構いなしにそこでもよく泳ぎました。
勉強のレベルの差
5年生で、溝口に戻ってきて再び高津小学校に通いました。疎開する前の友達がたくさん元気にいました。
戻ってきてまず勉強のレベルが違うことに驚きました。山形でも学校に行っていて、成績はトップクラスだったんです。でも戻ってきたら、成績がガクンと落ちてしまい大変でした。山形では全部「優」だったのに、こっちに戻ったら全部「可」になっちゃって(笑)。
朝から活気あふれる大山街道
大山街道は、朝から大八車が行きかう賑やかな通りで活気がありました。終戦後も昭和30年頃にスーパーができるまでは賑わっていました。(PDF版の抜粋です)