まちのこぼれ話〈下作延・上作延・向ケ丘地域〉

 

うちの駄菓子屋は上作延小学校と同い年なのよ

三田 千枝子さん
(みた ちえこ さん)

昭和3年生まれ 87歳
川崎市高津区上作延在住

駄菓子屋を営んで40年の三田さんに、
小学生時代の思い出や青年団のことなどを伺いました。
(平成27年10月16日)

三田 千枝子さんの写真

小学生時代の思い出は?

 

 そのころの小学校は、尋常高等小学校って言ってね、6年生の後もう2年あったの。
 私が通った小学校は向丘尋常高等小学校よ。あそこまでみんな歩いて通ったの。 あの頃はバスなんかなかったからね、雨が降っても雪が降っても歩いてね。あそこまで行くのに30分もかかったんですよ。
 雨がひどい時は川が氾濫してね、両脇は竹林で、堤防なんて今みたいに立派にしてなかったでしょう? それだもんで溢れてきちゃうの。そうすると危ないからってね、消防団の人が来て、綱で引っ張って渡らせてくれるの。 何回そういうことがあったか。

青年団のことを教えてください

 

 お父さんと出会ったクラブってのは、青年団がやっててね、村芝居の練習なんかもやってました。
 秋祭りの時に神社の境内に舞台を作って、客席には筵を敷いてね。昼間はお神輿担いだりして、演芸は夜にやってました。
 演目を何にするかは、やる人が自分たちで考えるの。
 芝居の衣装は借りてましたよ。ちゃんと衣装屋さんが来てくれて、男の人たちは侍の格好とかするんだからね。 小道具なんかも貸してくれるのよ。
 芝居は自分たちで創ってましたよ。で、その練習をしょっちゅうクラブに集まってやるもんだから、 皆がクラブで仲良くなっちゃうわけよ(笑)。

お店のことを聞かせてください

 

 駄菓子を売っているこのお店はね、小学校ができた時に、私のためにお祖母ちゃんが作ってくれたの。 だから40年やってるの。小学校と同じよ。それまで何も仕事をやったことがなかったから、 駄菓子屋さんをやるのももちろん初めて。
 今でも子どもたちが遠足のお菓子なんか買いに来ますよ。
 ただね、近頃はスーパーができたから、昔ほどじゃなくなったわね。 昔は遠足の前っていうと、子どもたちが店の前に並んで大変でしたよ。 (PDF版の抜粋です)

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